聖徳太子って誰?

冠位十二階や十七条憲法を制定したと言われる「聖徳太子」。歴史の授業でも当然のごとく習うため、これを人の名前だと思っている人は多い。「非常に徳の高い皇子」という尊称に過ぎない「聖徳太子」、こんな名前の人物は存在しない。それでは一体誰なのか。
日本書紀」では厩戸皇子(うまやどのみこ)、豊聡耳皇子(とよとみみのみこ)、上宮太子(じょうぐうたいし)と書かれ、「古事記」では上宮之厩戸豊聡耳命と書かれている人物、この人が聖徳太子ではないかと言われている人。豊聡耳皇子というのは、一度に十人もの訴えを聞き分けたという故事に由来した名称。
奈良時代にこの偉大な政治家を四天王寺法隆寺にまつりアロマ聖徳太子という尊称が一般化したのは一世紀半以上後、奈良時代の終わりから平安時代にかけてと言われている。また十世紀には「聖徳太子伝暦」が編纂されて、イメージが定着していったとされている。